PROJECT STORY 02

命をつなぐ、粉と液の同時充填ライン構築
「二室バッグ充填システム」

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「二室バッグ充填システム」

Outline

プロジェクト概要

製薬メーカー向け「抗生物質用・二室バッグ充填システム」。毎時2000バッグの高速処理かつ、1号・2号ラインの同時並行納入。形状が安定しない柔軟バッグへの粉末・液体同時充填という、マニュアルも参考機も存在しない極限の技術的課題に挑みました。

Member メンバー

部門を超えたチームで、前例なき壁に挑む

プロジェクトの発端は、製薬メーカーから提示された前例のない要求仕様でした。過去に社内で「難航を極めた」と言われていた粉末充填の技術に加え、液体の同時充填、未経験の洗浄仕様、そして特殊な設備レイアウトまでもが求められていました。この前例のない難題に、チームは手探り中で開発を開始しました。

  • T.S.
    「正直なところ、この案件は過去に似た粉末充填で先輩たちが苦戦したという社内の共通認識があり、誰もが『本音は受けたくない』案件でした。それに加えて1号・2号ラインの同時並行納入という異常なスケジュールです。関わる業者の数も膨大で、工程を少しでも見誤ればすべてがドミノ倒しで破綻してしまう。失敗すればどれほどの痛手を負うか痛いほど分かる中で、プレッシャーと感じるとともに、プロジェクトがスタートしました。」
  • K.Y.
    「粉末充填だけでも厄介なのに、今回は未経験の粉末洗浄仕様が追加され、通常なら建屋側に置く設備を機械周りのステージ上に配置するという特殊レイアウトまで求められました。これまでの私たちの標準や常識が一切通用しない前例なき条件ばかりで、本当にどこから手をつければいいのか見当もつかない状態からのスタートだったんです。」
  • Y.K.
    「メカ設計を担当する私にとっては、参考機が一切存在しないということがボトルネックでした。通常なら過去の図面をベースに改良を加えるアプローチが取れますが、今回は完全にゼロベースです。形状がバラバラな柔軟バッグをどうコントロールし、どのように機械の中を搬送するのか。何も正解がない中で図面を引かなければならない中で、先の見えない不安との戦いがひたすら続きましたね」
  • J.O.
    「我々制御設計からしても、プロジェクト初期の先行き不透明な不安感は相当なものでした。メカの仕様がカチッと定まらなければ、それを動かすソフトも組みようがないんです。しかし今回は参考機がないため、メカ設計が苦戦しているのは痛いほどわかりました。それでもハードの動きが決まらないと全体のシステム制御が破綻してしまう。見えない敵と戦っているような感覚で、全員が意見を出し合い、試行錯誤の日々が続いていきました。」

「いつも通り」が全く通用しない。ぶつかり合う意見と高すぎる壁

開発フェーズへ突入すると、各部署の立場の違いから激しい摩擦が生じ始めました。約80個の重量キャリアが高速で稼働する中、柔軟バッグの形状のばらつきが引き起こす「液跳ね」など、予測不能な物理的課題が次々と露呈。現場では行き当たりばったりの検証が続き、焦燥感がチームを包み込んでいきました。

  • Y.K.
    「メカ設計としては、実際にバッグを流してみるまで予測できない挙動があまりにも多すぎました。ロットによって柔らかさも形状もバラバラなバッグに、高速で液を充填すると当然『液跳ね』が起きます。シール部に一滴でも液が付着すれば不良品になるんですが、メカのハード的な機構だけでこれを完全に抑え込むのは物理的な限界がありました。どうにもならない壁にぶち当たり、もどかしさでいっぱいでなかなか突破口が見えなかったのを覚えています。」
  • J.O.
    「あの頃は本当にピリピリしていて…。『ハードで制御できない物理的に無理な挙動を、ソフトの力でなんとかしてくれ』と不明確な要求を投げられても、我々制御設計からすれば『メカが安定しないのにソフトでどうにかできるわけがないだろ』と意見をぶつけ合った時期もありました。仕様が固まらない苛立ちから、お互いに根拠をぶつけ合ってヒートアップし、完全に平行線を辿っていましたね。」
  • K.Y.
    「メカと制御が激しく衝突している横で、アイソレータ設計の私も頭を抱えていました。無菌環境を担保するためのアイソレータには厳密なスペースの制約があるため、ハードの設計が『ここにセンサーを追加したい』『機構を拡張したい』と要望してきても、物理的に配置できないんです。三者がそれぞれの正論を主張し合い、パズルのピースが全く噛み合わない。どうすり合わせるべきか答えが出ず、本当に苦しかった時期でした。」
  • T.S.
    「内部の開発陣がそんな状態でバチバチやり合っている間にも、顧客からのプレッシャーは容赦なく降り注いできました。私はエンジニアリングとして彼らの間に立ちつつ、外部からの矢面にも立たなければなりませんでした。納期は絶対に動かせないという現実と、まだ仕様が固まっていないという現場の悩み。両方の板挟みになりながら、なんとか彼らが開発に集中できるよう防波堤になることだけを考えて必死に立ち回りました。」

「命のインフラ」を実現させる絶対的覚悟と、仲間とのつながり

周囲を巻き込んだことを契機に、状況は一変します。この機械が抗生物質の二室バッグという「命をつなぐインフラ」であることの重圧が、顧客をも巻き込んだかつてない熱量での共進化をもたらし始めました。

  • T.S.
    「このプロジェクトでは、我々内部の連携だけでは到底乗り越えられない壁がありました。だからこそ私は、顧客である製薬メーカーや袋メーカーに対しても『袋の寸法精度をもっと上げてくれ』と、改善要求を出して交渉しました。このラインで作られるのは絶対に失敗が許されない『抗生物質』です。単なる受発注の関係を越え、彼らにも『共に命のインフラを支える当事者』として並走してもらったんです。」
  • Y.K.
    「私もメカ単体でなんとかしなければと抱え込むのをやめました。自分の管轄の課題なので正直聞きづらさもあったのですが、製造・現場の皆さんに『もうハードだけでは限界です、知恵を貸してください』と直接相談に行ったんです。そこからですね、現場に全員で集まって実際の動きを見ながら、ここをソフトでカバーするから、メカはこう動かしてといったリアルタイムのすり合わせが始まったのは。」
  • J.O.
    「その必死な姿勢を見て、私の中の意地もスッと消えました。命に関わるインフラを作るという目的の前では、部署の壁なんてどうでもよくなったんです。ハードの物理的な限界を、いかにソフトの緻密な制御で極限までカバーして現実のものにするか。何度失敗しても立ち上がる。そんな試行錯誤を共に繰り返すうちに、メカと制御がひとつのシステムとして強烈に融合していくのを感じ始めました。」
  • K.Y.
    「彼らが部署の垣根を越えてひとつの強固なチームへと変貌していく様は本当に頼もしかったです。難題を前にして、肥大化した組織にありがちな責任の押し付け合いが消え去り、私もアイソレータ設計として複雑なレイアウトのパズルを解くために無我夢中で奔走しました。これこそが、澁谷工業が本来持っていた強固な連帯感であり、困難なプロジェクトだからこそ引き出された底力だと確信しました」

命を支える誇り。難題が与えてくれた新たな「基準値」

前例なき壁に打ち勝ち、ラインはついに稼働を開始しました。しかし、現在も現場では生産を継続しながらの改善工事が行われています。このプロジェクトが組織に残したものは、決して逃げないという覚悟と、社会インフラを守る当事者としての圧倒的な誇りでした。

  • K.Y.
    「このシステムは、現在も現場で実際の生産を行いながら、より安定した稼働を目指して改善工事を継続しています。未知の要素が多かった分、走り出しながら最適解を探し続けている状態ですが、この絶対に逃げずに向き合い続ける姿勢こそが私たちの価値なんです。医療現場への重い責任を果たすためにも、最後まで寄り添い、完遂させる覚悟を持っています。それが社会インフラを支える責任とやりがいですね。」
  • Y.K.
    「このプロジェクトを経験したことで、自分の中の限界の基準値が完全に書き換わりました。参考機ゼロ、未知のレイアウト、形状の違うバッグへの同時充填。正直言って、これ以上しんどい案件はもう無いんじゃないかと思えるほどでした。でも、だからこそ。これに比べれば何でもできるという圧倒的な自信、『シブヤ魂』みたいなものが、自分の中に深く刻み込まれたのを感じています。もう何も怖くないです。」
  • J.O.
    「私も同じですね。メカの意図を深く汲み取り、ハードとソフトを掛け合わせてシステム全体を最適化するという制御の真髄のようなものを、現場での実践を通じて掴み取ることができました。ただ言われた通りにプログラムを組むのではなく、物理的な挙動の限界をどうやってソフトで突破するか。この経験があったからこそ、今後のどんな難題に対しても臆せず挑める強烈な意欲が湧いています。成長を実感できた案件です。」
  • T.S.
    「かつて『受けたくなかった案件』は、結果として若手たちを劇的に成長させ、我々の間にあったセクショナリズムを完全に破壊してくれました。社内の壁を越え、顧客をも巻き込んで共に進化していくこの諦めないプロセスこそが、澁谷工業の『共に進化する精神』そのものです。目先に限界から逃げず、命を支えるインフラを力技で構築し切ったこの経験は、我々にとって今後の大きな財産になると確信しています。」